めまいと吐き気

70歳代になって毎年のようにややこしい病気を患っている。2018年は「何かな、何時来るのかな?」と思っていたら早速到来した。2時間ほど車を運転して自宅に駐車し降りたとたんに目眩である。何時もの軽い目眩であれば少しそのままの状態で我慢していれば回復するが今回は治まらない。フラフラしながら転倒しないように壁伝いに玄関を開け、リビングのソファーに座った。目をあけると目眩を感じる。お白湯を少し飲んだら吐き気を急に感じて床にうつ伏せに転がり込んで洗面器を持ってきてもらった。そのまま少し寝てしまったが、目を開けて起き上がる姿勢を取ろうとすると相変わらず強い目眩と吐き気を感じる。2時間が経過し、脳梗塞だったら薬治療の時間制限があることを思い出し、救急車を呼んでもらった。まもなく到着して救急車に乗せられ色々質問され、目を閉じたまま返事をした。左を下にして横向きの姿勢であれば安定しているが、少し上向きに体位を変えようとすると強烈な吐き気を感じる。救急車の隊員が「2時間待たなくても30分から1時間で救急車を呼んでもらっていいんですよ」と優しく家内に話していた。「親切だね」と家内は感激していた。救急病院に到着し、CT、X線、MRIの検査を受けそのまま入院となった。どの検査も異常が見つからないので翌日耳鼻咽喉科の診断を受けることになった。全て段取りよく検査と判定作業が進み、看護師さんも親切で、日本に住んでいて助かったと思った。診断結果は「良性発作性頭位めまい症」で、医者に運動療法説明コピーを渡され自宅でしばらく様子を見ることになった。医者は1月間は運転しないこととアドバイスをくれた。また「最近インフルエンザにかかりましたか?」と最後に聞かれた。自分の周囲にインフルエンザにかかった人が複数人いる。インフルエンザが今回のトラブルの引き金になったのかも知れない。近い将来襲われると予想する脳疾患の予行演習として大変有意義であった。また同じように親切な救急隊と救急病院に助けてもらえたら有り難いのだが。

 

100歳の義理の母

義理の母は100歳を超えて介護施設に入っている。先日家内と会いに行った。家内は両親に可愛がられたようで、母親が大好きである。ベッドに横たわる母親は私の顔を見るなり「長生きしなはれよ」と声を発した。「良く来てくれなはれた」は子供たちが訪問すると何回も発する言葉である。100歳の誕生日を超えて、手や顔の肌の色は健康な色をしており、爪の色を比較すると私のそれより綺麗な色だと感じた。家内は母親の顔をじっと見つめている。話しかけるときは耳元で大きな声を出す。娘の話を聞くと喜びが顔に現れる。「世の中の沢山の人にお世話になったのでそのお礼が出来るまで神様がもう少し時間をくれた」とはなす。神様仏様のお話しが良く口からでて、人生は人により経験することは異なるが最後は皆同じ「死」を迎える、と話す。4名の子供を慈愛深く育て、信心深く、ほぼ毎日のように子供や孫が介護施設を訪問している。「決して人の悪口を言わない」という信念で一生を過ごし、今子供たちに愛される100歳である。

高齢者の咳払い

数日前に友人に講演会で会い、病院に行ってきたという。話題は喉に溜まるタンについてだ。友人が病院で処方してもらった薬は、口から喉に霧を吸い込み肺に吸入するものだった。大学時代に恩師が講義中に使っていた咳止めと同じだねと話した。恐らく肺で生じる発作を抑える薬だろう。我々70代は喉にタンが溜まりやすい。小学校の生徒だった時代に、校長先生が朝礼で咳払いをすることがしばしばあった。子供心に校長先生が偉いから咳払いをするのかと思っていたが、この年代になってごく普通の健康トラブルであることを体感した。私自身も喉にタンが溜まりやすい。布団に入ったとき仰向けに寝ていると徐々にタンがたまって咳を意図的に出すことになる。このままでは寝付きにくいので、体を横に向けるか、うつぶせの体勢にしている。毎日の食事から何となく長ネギが喉に優しいと感じている。長ネギをきざんで夕食の味噌汁に入れる。ただそれだけだ。友人にこのことを話した。友人の奥さんはネギの臭いが嫌いなようだった。小さな高齢者の健康トラブルを対象に、テレビでは健康食品の宣伝が常に流れている。これも平和な時代を象徴するイベントかも知れない。

 

白内障の手術

6月20日に白内障の手術を受けた。今日は22日で2日後であるが、手術を受けた甲斐があったと実感している。飲み薬は2種類を一日三回の食事の後にとり、目薬は3種類を一日6回点眼するように指示されている。手術前に2回通院して各種の検査を受け、手術後も昨日と一週間後の2回に通院する。手術を受けることが決まると冊子を渡され、詳細に手術の内容について説明があり、安心して受けることができた。手術前の最大のエポックは、女性医師から「片目の手術を希望されていますが、両眼の手術にしませんか?」と言われたときだった。理由は強度の近眼なので、片目だけの手術だと左右のバランスが極端に悪くなり、結局直ぐに残りの目も手術することになる、ということだった。最初に片目の手術を希望したのは「目」の治療で失明したら怖いので、片方だけで様子を見たかったのだ。お医者さんの説明は十分に理解できたので、両眼を一度に手術しますとその場で返事した。お医者さんに任せるしかない、という「まな板の上の鯉」の心境だ。最近の白内障手術はほとんど成功するようだ、と噂を聞いていた。それでも自身のことになると心配だ。手術台の上では目の一部に麻酔をしているものの、苦しい圧迫感を感じた。何とか我慢しなければと体に力が入った。医師はリラックスしてくださいと話しかけてきた。今日は手術後2日で間もないため目は不安定な期間であり、1週間後に再度検査に通院する。そこで運転可能かどうか確認することになっている。また1月間はゴーグルをつけて治療した目を保護しなければならない。白内障の治療を受けた20世紀人類としての感想は、21世紀の医療技術の進歩に大いに感謝である。

検査入院(6)

退院してから約3週間が過ぎ、検査入院の結果をお医者さんに伺いに行った。家内と長男も細胞の検査結果を聞く場に立ち会った。結果は前立腺についてはがん細胞の疑いは陰性、尿管については擬陽性という説明があった。お医者さんは今後の選択肢として、現状のままで生活を継続して定期的に検査をすることと、左の腎臓から尿管までを摘出すること、の二つを示し、どちらを希望するか尋ねてきた。即座に現状のままを希望します、と回答した。擬陽性とはがん細胞が疑われる検査結果が出たということだが、自分の体が健康維持に頑張っていることを信じたい。さて次は白内障の手術が待ち受けている。

検査入院(5)

火曜日に入院し、水曜午後に手術し、木曜日は尿道にパイプをつなげたままで一日過ごし、本日金曜朝やっと看護師さんがパイプを外してくれた。看護師さんは水分を沢山飲み、例えば一日1リットル以上飲んで、尿路をオシッコで洗い流してくださいという。毎時トイレに行き尿量を報告するように求められた。それではと最初にトイレに入ったときはオシッコを出す努力をするだけで痛みを感じ、実際には出なかったようだ。3回目には痛みを感じながらも50ml程度出すことができた。それから状況が急展開し明日土曜日午前中に退院となった。真夜中に何回も尿を看護師さんが採取していたがその結果が良かったのかも知れないし、入院希望者が多いせいかも知れない。今回の検査入院では左側の腎臓から膀胱につながっている尿路が狭くなっているところが見つかった。その部分の細胞を採取し、前立腺の細胞も採取して、専門の先生が判定するのだそうだ。入院は若干勇気が必要だったが、自身の体の弱点が一つ見つかった。診断の結果を待つことにしよう。さて次の段階はどのような治療になるのだろうか。手術をしたお医者さんに聞いた。趣味のジョギングは何時再会していいですか?若いお医者さんだったがかなり考えて1週間から2週間は散歩程度が好ましいというご返事だった。こんな無茶な質問をする73歳高齢患者は多分居ないのだろう。

検査入院(4)

検査手術の前日は朝から絶食であった。500ml2本の経口水ボトルを渡され飲んだ。当日は午後13時からの手術に備えて9時以降は水も飲んではいけないと言われた。結局お腹の中はほとんど空っぽだ。手術後の夕食もなしで、点滴で栄養補給となった。手術の翌日は若干のトラブルが発生した。尿道にパイプを入れているので自然に尿は袋に溜まるはずだが、慣れていないせいか尿意をもよおす。そこで意識して排尿を試みるとオシッコが漏れてパンツや下着、それに床に流れ出る。この失敗を数回繰り返して、意識して排尿するときは通常どおりトイレに行くべき、ということを理解した。尿はパイプを伝って自然に流れていくので、排尿の意識を停止しなければならない。排尿を意識して圧力をかけると、子供の時に母親に叱られたベッド濡れ状態となる。念のためベッドに横になってパイプを眺めていると無意識状態でも尿が流れている。少し安心した。しかしパイプと尿道の接続部あたりからは相変わらす少しずつ漏れる。一晩でかなり濡れるので尿パッドの取り替えが必要だ。検査入院は数年後には避けて通れない介護施設入所の事前体験となった。排尿パイプは手術翌日もそのまま世話になり、外したのは翌々日朝であった。食事は手術翌日の朝食から食べた。量が少ないのでお腹が空いて仕方ない。

検査入院(3)

3月21日に入院し22日午後手術となった。13時に2階の手術室に徒歩で行き、手術室の重そうな扉の前で家族とバイバイし、いくつもある手術室の2号室に入り、幅の狭い手術台に仰向けに寝た。寝間着とパンツは脱がされ体の上に手術用と思われるカバーが乗せられた。麻酔をかけますと言われハイと返事すると口と鼻にあてがわれたコップのようなものから妙な臭いがした。そのまま何も感じなくなり、少しぼんやりした状態で家族が話しかけてきているのが聞こえた。ベッドに乗ったままエレベータで病室に戻った。点滴ケーブルが右腕につながり、尿管から2本のパイプが袋につながっている。病室に戻ったときに左脇腹に強い痛みを感じた。入院案内に痛みは我慢する必要はありませんと書いてあったので、看護師さんにお願いして痛み止めを点滴してもらった。直ぐに痛みは消えた。点滴は食事がとれないので栄養の代わりで、尿道にパイプがつながっていて就寝中に体を動かすことが困難なのでエコノミー症候群と同じ血栓予防のための下肢をエアーパイプでマッサージする装置が装着された。不思議なことに足を常時もまれている状態でも寝ることはできた。問題は就寝中の尿漏れだ。T字帯は尿と血液で濡れ、シーツも一部濡れてしまった。ナースコールボタンを押して対応してもらったが一晩に数回ナースコールしてしまった。

検査入院(2)

月曜日が春分の日で祝日だったため火曜日の入院となった。朝車を動かそうとしたらハイブリッド車のバッテリーが上がっていて無線キーも効かず慌てた。幸い予備の12Vバッテリーで動作させたので事なきを得た。病院の入院受付は混んでいた。4B病棟のベッドに入ることになった。5人部屋でカーテンで仕切られた病室であるが快適だ。昼食と夕食を食べたが、翌日午後の手術が決まり、手術日は朝から食事をとれない。代わりに朝は125ml何とかウオータという水分を飲み、それ以外は病院が準備したペットボトルに入った経口飲料を飲むように言われた。トイレでは毎回尿量を軽量コップで計り、数値を看護師さんに指示された表に記入する。明日の手術に備えてシャワーを浴び頭を洗い、その後はヘアートニックなどは使わないように指示があった。病室に待機していると麻酔科に呼ばれて問診を受けた。アレルギー反応、日常服用している薬の種類、口の中の歯の状況を聞かれた。口の中に入れ歯が入っているか、グラグラした歯があるか、については全身麻酔の時に呼吸のための管を口に入れるときの準備のようだ。検査入院の手術時間について聞いた。だいたい2時間から3時間のようだ。手術室入り口で家族とバイバイして、家族は待合室で待機することが前提になっているようだ。家族が一時的に席を外すときは、小さな窓口でその旨を看護師に伝えてくださいと言われた。1週間の入院予定と聞いているが、退院できる予定日は誰も答えてくれない。なるようにしかならない。Que Sera Sera!

検査入院(1)

泌尿器科に数年以上定期的に通い、前立腺まわりの異常をチェックしてもらってきた。一月ほど前自身で排尿に異常を感じたのでいつもの医者に急遽相談した。それではということでMRI撮影をし、またCTの撮影もした。数週間後の面談では何も異常は見られない、これ以上調べるには尿道からカテーテルを挿入して調べる検査が必要です、と言われた。異常が見られないなら、カテーテルを挿入するような苦しい検査はしたくないので、しばらく様子を見ますと返事をした。ところがその後お医者さんから自宅に電話があり、CT撮影に異常が見られることが分かったので、来院して欲しいと言われた。しかたなく面談すると、腎臓と膀胱をつなぐパイプの脇に白いもやもやとした影が映っている。一般に白い影は血流が存在することを示しているので、何か妙なものが出来ている可能性がある。従ってカテーテルを尿道に挿入して異常を調べるとともに、白いもやもや部分を一部摘出して悪性であるかどうか調査する必要があると説明された。73歳にもなってそれほど長生きをしたいとは希望しない、と返事をすると、まだ体が十分に元気な内に処置をしたほうが良いと強く勧められた。結局1週間の検査入院を行うこととなった。熟年だから当然のことと覚悟しているつもりだが、実際何が起こるか分からない。明日が入院の予定日だ。