水道橋から神保町への町並みは昭和の遺産

昨日日本橋高島屋の新館5階の喫茶店で同年代の友人と打ち合わせをした。10年ぶりに会う友人はすっかり後期高齢者の顔になっていた。冗談を言いながら話していると少しずつその昔の表情を見つけた。何歳になっても思慮深い話し方は同じであるが、少しずつ思い出す事柄に時間がかかるようになっていて、互いに同じように老いていることを感じた。友人は大会社を退職したとき一念発起して弁理士資格に挑戦し、見事弁理士になった優秀な頭脳を持っている。当初は100歳まで働くつもりで弁理士に挑戦したと話していた。76歳の現在、どのようなタイミングで弁理士としての仕事を廃業するか迷っている。取引先に迷惑をかけないようにするためと言う。現在100社以上顧客があるそうだが、中小企業との付き合いでは、弁理士に相談する人は特定の人物に限定されているので、年々顧客数が減ると話してくれた。大企業と付き合うと、自動的に後任が選択されるので、一度お客様として付き合うと長く続くのだそうだ。大企業と付き合うことが社会が活動する枠組みに組み込まれることを意味し、したがって安泰に仕事が続けられるのは、弁理士でも同じだった。友人は以前は横浜の一戸建てに住んでいたが、現在は都内のマンション暮らしとのこと。奥様のご要望だそうだ。マンションに暮らすメリットは全ての部屋が同一フロアーで一戸建てのときの階段利用がないことだと話していた。私は個人的には一戸建ての階段は足腰を鍛えるのに非常に好ましいと考えている。高島屋から帰宅するとき、南方向に出てしまった。広い道路があって、歩道が綺麗に整備されており、新しいビルが立ち並んでいる。周囲の景色を観察しても自分の居場所がわからない。スマホの地図を参照したが、頭が方角を定めることができない。大分ウロウロしてからやっと東京駅に戻った。毎日5000歩以上は歩くことにしているので、丁度いい運動になった。東京駅は丸の内側が昭和と比較して大きく変貌した。八重洲側も東京駅では印象が大変変わったが、日本橋高島屋の裏手までこれほど変貌したことを知らなかった。20世紀の人間にとってビックリだ。今朝水道橋駅から神保町まで打ち合わせのために歩いた。この道は、20世紀の名残を感じることができた。