白内障と緑内障

若いときから強い近眼だったが最近視力が低下し始めたのを実感する。70歳を超えるとブルー免許となり1年半後に免許更新が控えているので次回の視力検査への備えが必要と考えた。両眼とも徐々に白内障の気配が強くなっているようだが、左右を比較したとき左目が全体に白く濁る状況が顕著になってきた。友人に聞くと既に白内障の手術をうけたという。目の手術なので多少恐怖感があるが友人は問題なかったようだ。ネットで近所の眼科医を調べるとWEBページに白内障手術を明示しているところと、そうでない眼科医に大別できる。ある医者の手術を受けようと病院に問い合わせたら近所の眼科医の紹介状をもらってこいと言われた。少し大きな眼科医は白内障手術をうたっているので、小さな眼科医で適当なところはないかと調べた。初めて訪問した眼科医で紹介状が欲しいと説明すると、あれこれといろいろな視力検査が待っていた。眼科医と面談する診察室には昔は無かったような検査機器がおいてあり、それを使った白内障検査も行った。医者は引き続きディスプレイを見せて、水晶体後部に濁りがある様子を見せてくれた。紹介状がもらえるかと思ったら、次回緑内障の検査に来てくださいと言われた。白内障に比較して緑内障の方がより重要なので、まず緑内障をしっかり対策してから白内障の手術に臨むのだそうだ。緑内障検査の機器は順番待ちで数週間後に再度検査となった。緑内障の検査はぼんやりした光の点滅をボタンを押して知覚したことを知らせる。見えたか見えなかったかはっきりしないときでもボタンを押した方が結果は良いようだ。検査中は時間が長く感じられだんだん草臥れてくる。その時緊張感を失うと緑内障と判断されてしまうから注意が肝要だ。二月をかけてやっと紹介状を手に入れた。目指す病院に訪問できるのは更に二月後だ。

物忘れから認知症への境界は?

2017年が始まり既に1月を経過しようとしている。今年は大学卒業後50年の節目の年で、同窓会準備のメールが時々飛んでくる。メールはGoogleが提供しているグループに通知する仕組みを使っている。幹事が全員に通知する時には便利だが、メンバーからの返事で問題が発生する。受信したメールにそのまま返信すると全員にメールが配達される。同報サービスだ。一部のメンバー同士が情報をやりとりする個人的な会話まで80名全員に配達される。学生時代に仲良しだった昔の友達なので会話が連続し、我が身には関係ないメールを無理矢理聞かされている感じだ。その様子を見た幹事が個人間の情報ではグループメールを使わないようにと警告することになる。このレベルであれば若者でも有りそうな小さなトラブルだが、70歳代になった我々にはより微妙なメールの送受が発生する。一月前のグループメールに対してタイミングを失した応答メールが配信されるのだ。このメールを受信した我が身は「?」と考えてしまう。メールの送り主は学生時代の友人である。最近高齢者の病を患っている。グループメールの内容が時間経過とともに変化していることを判断できていないようだ。自分自身で日常生活で物忘れの頻度が徐々に増えていることを実感している。この友人の場合には物忘れのレベルなのか、それもと認知症の初期段階に入ったのか。80名のグループで5名ほどは他界している。同報メールのようすで認知症に入りつつある同期の数がわかりそうだ。

咳がなかなか治らない

10月から朝晩の気温の変化が厳しくなったせいか喉の調子がおかしくなった。喉に痛みを感じ、痰がたまるので強い咳がでる。咳を繰り返すと消耗して草臥れる。最初は1年前に何かの治療でもらった薬の残りを飲んでみた。少しは改善したが素人がネットで薬効を調べて飲むのは危険かも知れない。しばらくして市販薬を薬局で購入して飲んでみた。一時的には効果があるように思えたが数日経過すると元の咳の状態となってしまう。やはり市販薬では高齢者には難しいのかなと考え直して旅行先の診療所で診断してもらった。信濃の大病院を退職したドクターが開いたクリニックだった。喉に手を当てて新作し、聴診器で呼吸の様子を調べてくれた。特に悪いところは無いとのこと。それでもしつこい咳に悩まされていると説明したところ、通常の風邪薬の他に漢方薬を処方してくれた。この薬は徐々に効果が出始めて4日後にはかなり咳の症状が改善した。しかし、排尿が難しくなってしまい漢方の副作用と考えて漢方薬を停止した。4日で薬が切れたので地元の医者に事情を説明して薬の追加を処方してもらった。処方箋を見せて漢方は使いたくないとお願いし、代わりの薬を指定してもらった。お医者さん曰く「漢方がだめだったのですか・・・」。このころから薬で咳を治そうとしている自分の考え方が間違っているのではないかと考え始めた。咳止めとしてコンビニでも販売している飴のたぐいをなめるのを止めた。お酒を少量ではあるが毎晩楽しんでいたのも停止した。うがい薬はサボっていたが毎日何回かはうがいをすることにした。冷たい牛乳をそのまま飲んでいたがなるべく温めて飲むように心がけている。ジョギングは1月半ほど停止した。やっとのことで最近喉の調子が良くなったと感じ始めた。まだ時々咳き込むが寝ているときは殆ど咳に悩まされることはなくなった。そこで時速6kmのゆっくりしたジョギングを昨日試した。湿度が高く東京湾の海面付近に雲がただよっているようにみえる好条件だった。ジョギングの結果で状況が悪くなったとは感じていない。はたしてこの咳は治すことができるのだろうか?

73歳の体力と注意力

小学校3年生の孫(男の子)と避暑先で3kmのジョギングをした。結果は圧倒的な差で敗北である。3kmのジョギングコースは半分が下り坂、半分が上り坂で約150メートルを下ってそれから上る。男性の人生が平均80歳とすると、73歳は残り7年、一方孫は生まれて8年間成長した訳で、ジョギングに負ける状況になったのは当然かもしれない、と一人で納得している。避暑地から東京に帰ってくると暑さが厳しい。熱中症にかからないように夕方4時半過ぎにジョギングをするよう心がけている。幸いジョギングコースには公園が複数あり、水道栓を利用することができる。水道栓に到着すると、両手両足を水で濡らし、次に蛇口の下に首筋を置いて水が後頭部にかかるようにする。頭の血流を冷やすことができるので気持ちが良い。公園に水道栓が配置されているのは健康上大変助かる。最後に帽子に水をたっぷり含ませて頭にかぶる。ひさしから水滴が垂れるがそれも気持ちよい。気分は快調であるが、ジョギングの足取りは重い。時速6kmと歩くのと大差ない走りである。しかし同年代が多数歩いているわきを追い越していけるのは若干の優越感である。注意力も散漫になりつつあることを実感している。退職後は自宅で食後の食器洗いを義務と感じるようになった。その食器洗いで今週2度ガラス食器が壊れた。一つは愛用していたコップで、洗っているときに上部が三角形に割れてしまった。いつの間にかヒビが入ったのだろう。食器洗いの時に水切りのために上下に振る癖がある。そのとき流しのわきに無意識にぶつけたと推測した。もう一つは日本酒を飲むのに愛用していた小さなガラスの飲み口である。冷蔵庫から氷を取り出して飲み口に入れようとしたとき、左手から床に落ちてしまった。粉々に砕けたので、清掃が大変だった。普段無意識に動かしている手や指の感覚がずれ始めていると実感した。

退院後(4)

さて10月に2回入院し退院してから2月と1週間が経過した。左手手首を動かすと違和感や神経の痛みを感じていたが、ほぼ正常状態に戻った。左手に力を入れて動かすと痛みを感じることが多かったので、この痛みは死ぬまで付き合わなければいけないのかとも思ったし、いや筋肉の痛みが発生しているのは体が回復に努力している証拠だから痛みを感じても手首を動かす訓練を継続すべきだとも考えていた。痛みを感じても少し無茶をしてみようと、家の中に自作したぶら下がり鉄棒を使って懸垂のまねごとを何回か行った。最初はぶら下がるだけでもやっとだった。そのうち少しは肩に力を入れて体を持ち上げることができた。毎回手首には強い痛みを感じた。最近懸垂の半分ほど気合を入れて体を持ち上げた。その結果、右側の首の筋肉がつった状態で一週間ほど首を左に曲げるのが不自由だった。気合を入れることで、首の筋肉に不自然な力を加えた結果であろう。そして、最近は長いこと感じていた左手の筋肉の痛みはほぼ消えた。体の関節に強い痛みを感じて医者に駆け込んだのが10月で今日は12月25日である。今回の経験は、急に体に発症した病原菌「蜂窩織炎」が原因で回復まで3月かかることを知ったことである。また体の関節の痛みと筋肉の痛みの強さを知ったことである。健康寿命の平均71歳を過ぎて、72歳では2種類の体のトラブルを抱えながら72歳半まで達した。現状はお医者さんに数か月おきに相談しながら自立して生活できている。2016年は73歳を迎える。次のトラブルは何だろうか。次々に強敵が現れる人生ゲームに立ち向かう勇者の気分である。

退院後(3)

二つ目の病院を退院して4週間と4日が経過した。体調は非常にゆっくりと回復している。1週間前の週末は恐る恐る4kmを一日間を開けて2度ジョギングした。時々歩きながらである。主観的な印象ではジョギングで体の血液循環を活発にすると手足に感じていた重みが徐々に減少している。左手首は反り返るように曲げると痛みを感じていた。腱や筋肉は痛くても伸ばした方が回復すると思っていたが、今回の病気では逆効果だった。そこで、左手の手首や指先を色々な方向に動かしたり力を入れたりしてみると、手を握る力の入れ方、特に小指に力を入れるときには全く痛みを感じないことに気が付いた。この方法で左手のトレーニングのつもりで気が付くたびに左手を強く握ることで、従来感じていた左手を使った時の痛みが徐々に減少してきている。高齢になると手足に感じる痛みと死ぬまで付き合わなければならないのかと思ったが、回復の方向が見えてきたので、若干の希望を感じる。最近まで左手は痛みを感じて鞄を持つのがしんどかったが、今日の外出では左手で鞄を持ち、たまに重いと感じたが痛みはなかった。完全回復にはまだ数か月かかるのかも知れない。今日は小雨が降りそうな曇天だったが、久しぶりに7kmをこれも恐る恐るジョギングしてみた。7kmの周回コースでは海岸線の土手などで走る速度を上げるインターバルトレーニングもどきをしている。本日は最後の100mで時速11km程度だったので、足はかなり回復してきたと感じた。今後はジョギングの距離を伸ばせるか、左手が懸垂できる程度の筋力を回復できるか、徐々に試してみよう。

退院後(2)

二つ目の病院を退院して2週間と4日が経過した。左手甲のふくらみはほぼ回復したものの、手首周辺に若干膨らみと痛みが残っていた。関節の動きに伴う重さや腱の痛みが、膝、足首、右肩、手の指、など各所に順番に感じられた。それも体中を行ったり来たりしながら、ゆっくりと回復してきているように感じられた。抗生剤や痛み止めの服用を中止するタイミングについて迷ったが、最近の一週間は服用を中止して様子を見た。体調は多少の変動はあるものの維持できているので薬の服用を中止したタイミング判断は正しかったというのが当面の結論である。次のタイミング判断は運動の再開である。退院後2週間経過した文化の日に試しに家内とディズニーランドホテル街の周囲を散歩した。およそ5キロである。不安定ながら歩くことはできる。ジョギングの姿勢で手足を振ると、関節と筋肉が痛みと重みを報告してくる。長年ジョギングをしてきた経験から、この感じはバイキンの後遺症というよりは、一月間運動をしなかったこと、入院で寝ていた期間が長かったこと、が原因ではないかと思った。しかし、運動不足の感覚よりは別の負担を感じたので、もしかすると点滴を二つの病院で約10日間受けたことによる後遺症かも知れないとも考えるようになった。蜂窩織炎はバイキンが体内に入ったことで発症するので、バイキンが全身を回り、特に頭に侵入されたら大変だと素人考えから入院しての点滴治療を選択した。確かに点滴は効果てきめんであった。今後も、入院して点滴を受けるのか、それとも自宅療養を選択するのか、迷うことになりそうだ。5キロの散歩で体調が崩れることはなかった。そこで4日後の土曜日に意を決して散歩兼ジョギングトライに挑戦した。これもディズニーランドホテル街を周回する6キロコースとした。天気は快晴で温暖な爽やかな微風が吹いていた。平均時速6キロ強とGPS時計が記録していた。ある程度体を動かすことができるという確認が取れた。

退院後

火曜日に退院し、一週間後の月曜日に退院した病院で診察を受けた。一見したところ左手甲の膨らみはかなり平常に戻っていた。しかし病原菌は体のあちらこちらで最後のあがきをしている感じがあった。抗生剤は指定された通り毎朝飲み続けた。担当医にまだ浮腫みが左手に残っていることと痛みを感じることがあると話した。医者は痛みを感じるときには鎮痛剤も飲むようにと薬をくれた。診察は2週間後の月曜日に予約となった。その後3日ほど手首などの痛みが続いたので結局飲みたくない鎮痛剤も日に一度ないし二度飲んだ。痛みを感じて夜中に起きる回数を減らす目的だった。少し仕事をしたところ、悪い兆候が左手に現れた。また左手の甲が膨らみ始めたのだ。入院する前ほどではないが、再発しているのでは、と心配になった。蜂窩織炎は実にしつこい。入院して点滴で回復したように見えても、自宅で療養していると、ほとんど改善の兆候が見えない。しびれを切らして少し仕事をするとまた元の病状が左手の甲に現れる。左手は指先は動くものの、痛みのためにほとんど力を入れることができない。やわらかい温州ミカンの皮をむくのに痛みを感じるのだ。風呂に入る時も左手をかばいながらなので、右手だけで体を洗う。このまま、力の入らない左手と残りの人生を付き合わなければならないかと、半分覚悟をした。普段ほとんど買い物をしないスーパーの中の薬局に行き、痛みの張り薬のコーナを探した。病院で処方された湿布薬も置いてあったが、それ以外にも腰や肩の痛み止めの湿布薬が沢山並んでいた。どれにするか迷ったが一番目につく棚の上に置いてあったボルタ何とかを買って、痛みがあって力が入らない左手に貼った。何とビックリ、それまで回復の気配が感じられなかった左手甲のふくらみと左手関節の痛みが引き始めた。(これはテレビのコマーシャルではない。実際に私自身が経験した。)もしかしたら、左手はもとの力を取り戻すかも知れない。

入院(8)

二つ目の病院も4日間入院して退院できることになった。病院のベッドで寝て、首が寝違いた感じの凝りを感じるし、点滴を打った右手肩や腕にだるさと痛みを感じて動かすのがおっくうである。左手の異常な膨らみは回復したが、これらが病院のベッドが固いせいか、それとも点滴が原因か分からない。退院後に飲まなければならない薬が2週間分以上看護師から渡された。ばい菌に感染すると長い時間薬処方が必要なようだ。入院中5階の窓から眺める南の空は毎日気持ちの良さそうな快晴であった。真正面にスカイツリーが見えるが霞んで見えることが多い。ジョギングに最適の時期に長期間入院して残念だった。目の前のアナログテレビのアンテナにはいつも鳥がとまっている。つがいが近くのビル屋上の換気扇排気口を調べている。昨日は遠くにハトの群れが旋回していた。今日も朝日が差し込み始めた。

入院(7)

2番目の病院に入院して3回目の夜になった。今日は日曜だったが左手の湿布の取り換えと2回の点滴を看護師がしてくれた。昼には家内が見舞いに来てくれた。この病院ではバインダーに紙を挟んで、病室においてあり、朝昼晩三回の体温、排尿・排便の回数、食事の量を自分で記録するよう促される。食事のメニューも前の病院より工夫していて美味しい。食事の量については10点満点で完食の場合は10としてスコア―を記録する。入院してから全て10である。体温も全て36度台だ。膨らんだ左手はほぼ正常な状態まで回復したように見える。痛みは感じない。ただ体を支える力は出てこない。入院すると病室の中だけの生活になるので、お隣さんがどのような人か全く関心がなくなる。隣の部屋はシャワー室になっているので、誰かがシャワーを使うと壁から控えめな騒音が長い間聞こえる。病室で暇をつぶす手段は、寝ること、テレビを見ることが主だが、寝てばかりでは体の動きが悪くなる。立ち上がったときに手足の関節が動きが悪いし、重く感じる。暇つぶしで効果があるのが仕事だ。EXCELを使ってデータから表を作り、結果をPowerPointに貼って資料を作ると時間が早く経過する。ネットでYouTubeに紹介されているCADの使い方を少し勉強した。こちらは頭がすぐに疲れてしまった。効果的な睡眠薬だ。